Interview #10

気候データの研究開発
─私たちが気候変動に備え適応していくために

つくば市 ・ 筑波大学共同事業
発行:2024年12月

Profile

国立環境研究所気候変動適応センター(気候変動影響評価研究室) 主任研究員、博士(理学)

石崎 紀子(いしざき のりこ)さん

茨城県筑西市出身。筑波大学第一学群自然学類卒業。筑波大学大学院進学後は地球環境研究総合推進費の地球温暖化プロジェクトに参入した後に博士号(理学)を取得。気象研究所でのポスドクや海洋研究開発機構、防災科学技術研究所、筑波大学計算科学研究センターでの勤務を経て現在の国立環境研究所に入所。

業務内容について具体的に教えてください。

気候変動が生活に与える影響をあらかじめ調べておき、その変化に備えるために、細かい地域に落とし込んだ気候データを開発しています。一般的に気候予測は地球表面を一辺100㎞程度の格子に分けた数値モデルによるシミュレーションで行いますが、特定の地域の気候予測を行うには解像度が粗く、より小さな格子サイズのデータが必要です。そこで、一辺1㎞程度の空間的に細かいデータを統計的に作ります。

気候変動の影響は様々で、例えば熱中症による搬送者数や、稲の収量や品質に影響を及ぼすことが分かっています。これまでと同じ生活様式では被害を受ける可能性があり、温暖化に対する緩和策と適応策を考えることが重要になっています。適応策を検討するには、将来の気候の情報が必要なので、影響を調べるための需要に合ったデータ作成を行っています。一般の方でも気候変動に関する情報を利用していただけるように国立環境研究所はA-PLATというプラットフォームを提供しています。

ご自身の職域について、興味をもったきっかけを教えてください。

私の実家は農家で、田植えや稲刈りの日程は天候に左右されるので、天気予報を見ることが家族の日課でした。今思うと、天候に興味を持つきっかけになっていたかもしれません。高校から大学当初は数学が好きだったので気候の分野を学ぶつもりではなかったのですが、1998年に大きなエルニーニョ現象が起こり、大学に入学したばかりの私は、遠く離れた海の状況の変化が世界中に影響を及ぼしていることに驚きました。大学の講義でもこの現象を取り上げて、実際の海面水温のデータを使って水温偏差を図化する機会もありました。エルニーニョ現象という情報だけでなく、その根拠となるデータに実際に触れることで、この分野への興味がますます深まり、幼いころから沁みついてきた気象への興味とつながって気象・気候学分野に進むことを決めました。

研究者としての今後の展望について教えてください。

現在、外部研究所と連携してAIを使ったダウンスケーリング手法(気候予測データの地域詳細化)の開発を進めています。この手法によって、地点間の気象変数の関係が、より現実的に表現できるようになりました。将来的には、気候変動の影響を受ける様々な分野でとる適応策の組み合わせによって、どんな社会が見えてくるかという具体的な将来の選択肢を示すことができるようになるといいなと思います。

子どもの頃のエピソードを教えてください。

幼少期は生き物が好きで、学校帰りに用水路で水生生物を観察していました。絵を描くことも好きで、油絵を習っていました。母親は私を学校の先生への道に進めたかったようで、他にも色々と習い事をしていましたが、「やりたい職業の選択肢」ではないことに気づきました。一方で、生き物は好きでしたが、それが何かの職業に結びつくという発想はなく、好きなことを仕事にできたらいいな、というくらいの気持ちでした。

学生時代について教えてください。

大学は国立で実家からほど近く、学びたい分野があるという理由で筑波大学に進学しました。高校時代は部活をやっておらず、大学では「筑波大学でしかできない、やったことのない」ことができるサークルに入りたいと考えて、艇友会というボートサークルに入ることにしました。仲間ができて一緒に楽しみながらサークル活動を継続していました。活動的な人が多く、一緒につくばマラソンや、富士山登頂にも挑戦しました。

研究という仕事において、これまで苦労された経験や大変だったこと、辛かったことはありますか。

期待した結果が得られないことが続くと、研究のセンスがないのだろうかと落ち込むこともあります。しかしその状態で研究を続けると失敗が続いてしまうため、家族と過ごしたり趣味に時間を費やすことで一旦研究から離れるようにしています。研究結果は自分が満足するだけでは不十分で、学会発表や論文でアピールしたり、一般の方々に説明したりすることも重要です。この「伝える力」を鍛えることも私にとっては難しく、苦労する部分です。試行錯誤の日々で、職場の方やメディアに取上げられている方のお話を参考にしながら学んでいます。

研究という仕事において、達成感ややりがい、醍醐味などを感じられる瞬間はありますか。

未解明な部分を明らかにできたり、それを他の方が引用して発展させてくれたりすると、気象学という学問の発展に少しだけ貢献できた気分になります。また、実際に自治体の方にA-PLATのデータを利用していただける機会が増えていることは非常に嬉しく思っています。公開データを利用された方の声を聞くと非常にやりがいを感じます。データに関する質問だけでなく、公開していないデータに関するご要望をいただいたときも新たな需要の気づきになり、関心を持っていただけることでフィードバックができるため、励みになります。

これまでに影響を受けた人物や作品はありましたか。

大学時代、気候分野でも様々な研究室があり、週に一度合同のゼミがありました。私の研究室は大きなスケールの大気の循環を見ている研究室であったのですが、他の研究室には比較的小さなスケールの循環を見ているところもあり、解析方法や見方の発見に繋がりました。新たな発想の源にもなり、非常に刺激を受けました。合同のゼミは長丁場で、ゼミ後はみんなでご飯を食べに行っていたこともあり、卒業後も交流が続いている方も多く、良い仲間に恵まれたと感謝しています。

定番の休日のリフレッシュ法や趣味、ライフワークなどはありますか。

家族と一緒にゲームをしたり、家庭菜園や草取りがリフレッシュになります。草取りの頻度は少ないですが、キレイになると気持ちがいいです。また、草取り中に見つけるカマキリやカエル、蝶の幼虫を子どもと観察すると心が癒されます。中でもカエルが私のお気に入りです。

研究者を目指す若い世代へメッセージをお願いいたします。

一つのことを極めるのは根気の要ることであって、粘り強く自分を信じてやっていかなければならないと思います。しかし、そのことだけに固執するのではなく、他分野の様々な人の話を聞いたり、学会に出向くことで、新たな発想や多様な視点を持つことが研究には重要だと考えています。根を詰めて自分だけの世界に入り込むのではなく、様々な世界を知って欲しいと思います。

取材・文:河野 晴香 / マンガ・デザイン:中林 まどか

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