Interview #09

安全で尊重される出産体験を目指して
─母国を離れての挑戦

つくば市 ・ 筑波大学共同事業
発行:2024年11月

Profile

筑波大学医学医療系助教、博士(保健学)

トゴバタラ ガンチメゲさん

モンゴル出身。モンゴル国立医科大学卒業後、皮膚科医として勤務。その後モンゴル医科大学で修士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻修士課程、同大学国際保健政策学専攻博士課程修了。博士(保健学)。趣味はヨガ、ポッドキャスト、読書。

業務内容について具体的に教えてください。

筑波大学の教員として、学生に対して授業や学位論文の指導をするだけでなく、筑波大学で学ぶ留学生の支援や、日本人学生の留学プログラムの支援もしています。研究者としては、主に開発途上国の母子保健、出産支援、女性の出産経験や満足度に関する調査をテーマにして、特に「ドゥーラサポート」に関心があり研究しています。聞きなじみがない言葉かもしれませんが、ドゥーラとは、母親のために奉仕し、マッサージをしたりお茶を入れたり、身の回りの世話をするなど、母親の心身のサポートをする人のことです。実際に、モンゴル国立医科大学の研究者らと協力し、モンゴルで出産時のドゥーラサポートをマタニティケアに導入することができました。

ご自身の職域(テーマなど)について、興味をもったきっかけや内容を詳しく教えてください。

私はモンゴルで皮膚科医として働いていましたが、病気が進行してから病院に訪れる患者が多く、治すことができない人がいるという現状を目の当たりにし、病気の要因は何か、予防できないのか疑問に思うようになりました。臨床医としてではなく研究者として健康な暮らしを支援したいと考えるようになり、モンゴルの大学の修士課程を修了後、東京大学に留学し、博士課程を修了しました。留学先を選んだ理由は、日本が経済的に発展しており科学技術にも優れていて、研究も進んでいたからです。また、モンゴルと日本は同じアジアの国なので、文化が似ていることや、東京大学が特に優れた研究環境を有していることも決め手でした。東京大学在学中に、WHOの性と生殖に関する健康(SRH)研究局でのインターンシップに挑戦し、妊産婦と新生児の健康に関する調査に参加してモンゴルで出産データを収集したのですが、これが母子保健を研究する一つのきっかけだったと思います。その後は、今に至るまで母子・家族間のケアを研究して、前向きな出産体験やドゥーラサポート、安全で尊重される母子・家族間のケアを推進しています。

子どもの頃のエピソードを教えてください。

父の仕事の都合で、モンゴル南部の砂漠地帯を転々としていました。誰もが顔見知りで、子供たちはみんな一緒に遊んでいました。私は7人兄弟の2番目だったので、弟妹の面倒を見たり、家事をしたりしてとても忙しかった記憶があります。勉強に関しては、モンゴル語の授業が苦手で、体育と、父に教えてもらっていた数学の授業が好きでした。それもあって、小学生の頃の将来の夢は、数学か体育の先生でした。中学からは、患者を治療する姿にあこがれて医者を目指すようになり、そのために公立校に進学して、化学、物理、外国語の学習に励みました。高校では特に化学の学習に力を入れ、先生の助けも借りながら、県、国の化学オリンピックに参加しました。

研究という仕事において、これまで苦労された経験や大変だったこと、辛かったことはありますか。また、どのように乗り越えましたか。

研究と3人の子供の母親としての生活を両立するのが大変ですね。研究上の疑問や行き詰まりは、同僚に相談して、サポート機関に助けを求めていますし、仕事を理解してくれる家族もいます。しかし、両立となると本当に難しいです。

また、外国人として日本で暮らすことにも苦労しました。文化の壁や言語の壁のため地元のコミュニティに参加できず、孤立してしまうこともあるので、同僚の助けを求めることが重要だと思っています。学生時代、日本語のメールを翻訳サイトで読んでもよくわからないことがありましたが、日本人の仲間が一緒に確認してくれた経験から、お互い歩み寄ることが重要なのだと気づかされました。その後も、同僚に助けを求めながらも、日本の文化を理解しようと努力したことで、今でも日本で働けています。

研究という仕事において、達成感ややりがい、醍醐味などを感じられる瞬間はありますか。

仕事で感動したエピソード一つを挙げるなら、モンゴルで助産師になる学生にドゥーラサポートを教えて、800人の母親にケアを提供し、その効果を実感した時です。中には、出産の恐怖と陣痛により、ドゥーラとなった学生と話そうとしなかった母親がいましたが、学生が母親を根気強くサポートしたことで、母親は出産の恐怖から解放され心を開き、幸せで前向きな気持ちで出産を迎えることができました。彼女が「またこの病院で出産したい」と言ってくれたことが本当に嬉しく、記憶に残っています。この取り組みでは、対象となったすべての母親に満足してもらうことができました。

研究者としての今後の展望について教えてください。

すべての女性と新生児が尊重され、赤ちゃんのケアに関して、母親が医師や看護師から十分な説明を受け、納得したうえで意思決定がされるべきであると考えています。そのために、女性と新生児の当たり前の権利を促進するための研究を行い、国際出産イニシアティブで掲げられている「安全で母子&家族を尊重したケアを実現するための12のステップ」を実行していきたいです。

外国で働きたい方に向けて何かアドバイスはありますか。

外国で働くときには、文化的な障壁があるのは当たり前なので、周りの人々に聞いて、助けてもらいながら、現地の文化を受け入れるように努めましょう。また、自分のメンタル維持も課題の一つだと思います。落ち込んだ時は、周りの人々を愛し、自分のことも愛することを意識して、お互いに助け合いの精神を持つことが大切だと思います。

研究者を目指す若い世代へメッセージをお願いします。

研究者の道には、挑戦、挫折、自分の選択に疑念を抱くときもあると思います。しかし、たった一人で偉業を成し遂げた人はいません。忍耐強く前進し続けること、失敗から教訓を学ぶことが大切です。仲間と一緒に働き、助言を求め、新しい意見に耳を傾けるなど、人との交流により、研究をもっと楽しむことができますし、予想だにしないアイデアに出会うかもしれません。どんなに小さい一歩であっても、目標に向かって歩み続けてください!

取材・文:上殿 恵美 / マンガ・デザイン:中林 まどか

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