Interview #04

ニホンミツバチが生き続けられる社会システムの実現を目指して

つくば市 ・ 筑波大学共同事業
発行:2024年1月

Profile

国立環境研究所生物多様性領域 主任研究員、博士(緑地環境科学)

坂本 佳子(さかもと よしこ)さん

兵庫県出身。国立環境研究所生物多様性領域所属、主任研究員。明石高等学校美術科卒業後、現大阪公立大学に進学。博士(緑地環境科学)。

業務内容を具体的に教えてください。

私はニホンミツバチを保全するための研究を行っています。研究題材としてニホンミツバチを扱うようになったきっかけは、ニホンミツバチに寄生して悪影響を及ぼすアカリンダニの存在です。十数年前に初めて日本で見つかったアカリンダニは、ニホンミツバチの気管の中に入って寄生し、増殖します。アカリンダニの影響により、ニホンミツバチは呼吸しづらくなったり巣の中を温めにくくなったりするため、越冬できないという問題が生じます。そこで、このダニがニホンミツバチに悪影響を及ぼす要因について研究を実施しました。重症化メカニズムが明らかになり、対策の提案も行いましたが、野外で生活するニホンミツバチに直接介入できないため、すでに拡大してしまった病気を制御することの難しさを感じました。また、ミツバチへの脅威は病気だけではなく農薬の可能性もあります。現在は、ニホンミツバチを飼育する全国の養蜂家に協力を依頼して大量のデータを収集し、より包括的な視点でニホンミツバチを保全するための研究プロジェクトを実施しています。

研究テーマとしてミツバチに興味を持ったきっかけを教えてください。

ミツバチは陸上の生態系の重要な位置にいて、植物の繁殖に貢献する生物です。すなわち、ミツバチの減少や衰退は、私たちの受けられる生態系サービスが減ってしまうことにも繋がります。そこで、特にニホンミツバチの危機的状況を回避するための研究ができれば、ミツバチ保全に貢献できるのではないかと考えたからです。国立環境研究所の研究者として、環境問題を解決したいという使命感もあります。

幼少の頃から学生時代にかけてはどのように過ごされていましたか?

子どもの頃は勉強が嫌いでした。美術が唯一好きな科目だったので、高校では美術科に進学しました。親からは手先が器用だと言われることが多かったです。

高校進学後、生物の授業で扱われた「メンデルの法則」に強い関心を持ち、生物学を勉強するようになりました。生物の勉強は、初めて能動的に取り組めた学びだったと思います。当時は教科書の一文になるような発見ができればと思っていましたが、目の前のことをこなしているうちに研究者になっていたような感じがします。

高校で学んだことが現在にも活かされていると感じる場面はありますか?

デザインを学んでいたので、協力者への返礼品製作に活かされている面はあるかと思います。芸術というものは無限に手をかけることができてしまいますが、実技試験や製作課題では、ペース配分を考えて時間内に仕上げることが求められます。研究も同様で、論文という形にすることを常に意識しています。

高校では邦楽部に所属していました。現在も琴を弾くことは気分転換になっています。

研究者としての今後の展望について教えてください。

研究の結果に基づいて社会システムを改善し、ミツバチの生息環境を保全したいです。もし、野外環境でミツバチに悪影響を及ぼす農薬が見つかった場合、現行の農薬評価システムでは十分に評価できていないことになりますから、どのような基準を設ければよいのかをさらに考える必要があるでしょう。また、ミツバチの移送は新しい病気の発症要因になり得るので、できる限りその土地に生息するハナバチを利用する方向性で、保全への提言ができればと考えています。

研究者としてこれまで苦労されたご経験があれば教えてください。

現在実施している研究プロジェクトでは、大規模なデータセットを取り扱っています。まず、研究データの編集時に起こり得るミスに気付けるように、データ編集の履歴を可視化するためのプログラミングに時間をかけました。大変ではありましたが、透明性の高い研究を実施するために重要な作業だと思っています。

次に、養蜂家さんに回答いただく質問紙に記入漏れや確認漏れ等が生じないような工夫を施してはいますが、それでも不備があったり、条件が異なるデータが提出されることがあり、そのようなデータに関する再度の問い合わせや、場合によっては排除する作業も生じます。しかし、このような苦労を乗り越えることで、自分達だけでは絶対に手に入らない大量のデータを収集することができ、これまで以上にミツバチの保全に繋がる研究になると感じています。

研究者として、達成感ややりがいを感じられた瞬間はありますか。

研究論文が出版された瞬間です。ジャーナルに論文を投稿するまでには、研究の立案、データの収集、データの解析、論文の執筆という大きな過程があります。データの解析には数か月かかり、解析中に導かれた新たな視点から別の解析を追加することもあります。論文の執筆においても解析したデータを纏めるだけでなく、自分の研究の位置づけを把握したり、周辺の研究について最新の動向を追い続けたりする必要があります。ジャーナルに論文を投稿した後も、査読者*から指摘が入ったり、データ解析をやり直したりすることもあります。このように研究論文が出版されるまでは長い道のりで、その達成感はとても大きいです。解析したデータについて執筆している際には、今この事実を知っているのは自分だけだという点に研究のやりがいを感じます。

*査読者…論文内容の査定を行う専門家

これまでに影響を受けた人物や作品はありましたか。

親の影響が強いと思います。親は子を良い道に導けることもあれば、何らかの弊害を与えてしまうこともあると考えています。現在私自身も子どもを育てていますが、影響を与えることについて悩ましいときがあります。

最近心に残った作品は、インド映画の系列のうちテルグ語で制作された映画「RRR」です。複数のテルグ語映画に影響を受けたのと、子供のお友達家族がテルグ語話者なのも手伝って、数か月前からテルグ語の勉強を始めました。研究者として英語を扱う場面では、できて当たり前のようなところがあり「できないこと」に意識が向きがちですが、テルグ語は少しでも聞き取れたり話せたりした瞬間に大きな喜びがあり、「できた!」をたくさん感じられます。また、テルグ語を通してインド人の考え方や文化にも触れることができて視野が広がりました。本来、語学の楽しさはここにあるのではと考えています。

休暇の過ごし方について教えてください。

家庭菜園です。借りている畑を家族で管理し、野菜を作っています。無農薬で育てているので、メンテナンスは大変です。夏に少し畑に行かなかっただけで、雑草が多く生えてしまいます。特に昨年の夏は暑すぎたので枯れた苗もありましたが、野菜が頑張る畑と思って楽しんでいます。

研究者を目指す若い世代へメッセージをお願いします。

研究者を目指すのは決して楽な道ではないので、簡単に勧めることはできません。求人のタイミングや運もあるので、努力だけで叶う世界ではないとも思っています。人生の見通しが立たない場面があるのも研究業の難しいところです。それでも、見える世界は素晴らしいものですので、目指すのであれば全力で応援します。

取材・文: 豊冨 瑞歩 / マンガ・デザイン: 中林 まどか

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