Interview #01

人の暮らしや命にかかわる仕事がしたい
⎯ 失敗や遠回りの先にみえたこと

つくば市 ・ 筑波大学共同事業
発行:2023年7月

Profile

筑波大学医学医療系准教授、博士(保健学)

大宮 朋子(おおみや ともこ)さん

埼玉県出身。筑波大学医学医療系准教授、博士(保健学)。英語科卒業後、企業に就職するも友人との別れをきっかけに大阪大学医学部保健学科看護学専攻に入学。その後東京大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻に進学。在学中に2回出産を経験。専門は公衆衛生看護学、健康社会学。趣味は、フィギュアスケートと猫をなでること。

幼少期や学生時代はどんな子どもでしたか?

本を読むのが好きで、国語や社会、特に英語が得意でした。好きなものは音楽で、家にあったクラシックのレコードをよく聴いていました。高校には、吹奏楽部が強かったという理由で進学しました。当時は、東京交響楽団の先生に師事していて、県のアンサンブルコンテストで金賞を取ったこともあります。卒業後、英語が得意だったという理由で英語科に進学しました。その後、女性が長く働ける企業に就職しましたが、再び大学で学ぶことを志すようになりました。

進学を決めたきっかけなどはありますか?

企業に入社したときの同期を3人亡くしていまして、その時に「ずっと働き続けるなら、人の暮らしや命にかかわる仕事がしたい」と思い、無謀にも医師になろうと大学受験を決心しました。結果的には、看護の道に進みましたが、亡くなった同期のお母様の悲しみを目の当たりにして、若い方が亡くなるってこんな辛いことなんだなと苦しくなった経験を振り返ると、社会に生きる人々の生活、生命、生き様、心と体の健康に深くかかわる保健学・看護学が研究フィールドになったのは必然だったのかなと思います。

ご自身の研究テーマを決めたきっかけなどはありますか?

アウシュビッツ(第二次世界大戦中にドイツが設置した強制収容所)を経験した人としていない人の更年期を比較すると、当然アウシュビッツに収容されていた人の健康度は低いです。ですが、そういう過酷な環境にいながらもなお、健康な状態を保てている人がいて、その人たちはどういう環境で生きてきて、どういう考え方を持っているかという研究があります。その研究を知ったときに、これだと思いました。戦争で人々が亡くなっていく中で、心が傷ついていくのは当たり前ですが、その中でどう健康を保っていくのだろうという視点で見ていくことは大切だと感じました。

文系科目が得意だったそうですが、今の研究に力になっていると思いますか?

看護は医療系に分類されますが、人と向き合う分野なので感情や人間関係などへの理解が求められていると感じています。もちろん、科学的な素養も必要ですが、文系的な素養も今の研究の力になっています。世の中のほとんどのものは計算式だけでは出ず、特に人を相手にしているものは正解がないです。そのため、ベースには理系の知識を持ちつつ、そのなかで人の営みをどう解釈してケアしていこうかという両方の視点がないと難しいなと思います。

研究をしていて辛かったことなどはありますか?

私のアプローチ方法が良くなかったのですが、「あなたの研究のために私たちを使うのか」と言われたことです。大学院に進学して最初に行った研究は、先天的な障がいを持って産まれてきた方を対象にした研究でした。難しい状態で生きる中で、自分を持ってしっかりと「これで大丈夫」と生きている方がたくさんいました。そうした中で、「どうしてそうなれたんだろう」という問いを解き明かすところからスタートしました。研究者として未熟だった私は、電話で研究協力のご依頼をお伝えしてしまいました。しっかりと、会いに出向いて思いを伝えなければならなかった、もっと人とのかかわりを大切にするべきだったと反省しています。

このことをきっかけに、研究って何だろうと問い直すことができました。研究者は、けっして自分の業績のためだけにするのではなく、研究成果を世の中に還元していかないと意味がないと深く心に刻まれています。この経験から、研究結果は必ず研究にご協力いただいた方々に返すようにしています。

この経験をもとに、工夫した点などはありますか?

対象者の方には誠意を尽くさないといけないと思いました。その後も、シビアな状況に置かれた方を対象とする研究を行ってきましたが、どういう風なことを明らかにしたくて、何を社会やみなさんに還元したくてやっているのか自分の中に落とし込んでおかないと伝えられないし、透けて見えてしまう。例えば、何か話された際に「分かります」といっても、「あなたに何が分かるの?」と返されたらぐうの音もでないですよね。そこを認識したうえで、それでもあなたの話を聞かせてくださいという姿勢で行かないと失礼だと思っています。

進路に悩む若い世代のみなさまへ

大谷翔平選手のように目標を掲げて努力していく方もいると思うのですが、私は真逆で自分が今研究者をしているとは思ってもいませんでした。ですので、自分が何になるのかを早くから決められないことを恥ずかしいと思うことは全くなくて、自分の好きなことと向きあってほしいです。自分で決めたことは、「あそこまで悩んで決めたんだから……もういい!」と吹っ切れて考えられます。学生の時からそこまで思いつめる必要はありませんが、「心がうごくこと」「ズキュンとくること」をなんで?どうしてこう思うんだろう?と突きつめていくと、振り返った時には道ができているかもしれません。

月並みですが、人と比べすぎず、回り道や失敗をむしろ喜ぶぐらいでいてほしいです。山ほど失敗をし、遠回りをしてきた私が確信を持って言えることです。今では、その失敗さえも「おいしい」経験だった、とさえ思えます。心から応援しています。

取材・文: 中 玲蘭 / マンガ・デザイン: 中林 まどか

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